HOME > 2016-6-10北海道

北海道(道央、道南)、三陸をめぐる一週間の大旅行。今思ってみるとあっという間だった。コース、日程、費用、天気もまあまあだったのでは、と幹事の独りよがり。これなら九州や四国一周も行けそうな気がしてきた。
今回は期間が長かったので、写真の枚数も500枚。編集も大変なので、あまり考えずに順番に並べていくことにした。感想、コメントは各日のトップに各自の印象に残ったことなどを載せることにした。良い思い出になりますように。

みんなの感想


いやぁ~、よく食べよく飲んだ。写真を見るとゲップがでるほど。みんな笑顔が最高。自分はみんなよりだいぶ疲れてるのか老いている。元気なうちに、また出かけよう。(*^^)v

則)たいてい、俺の方が疲れている。年のせい?



よく食べ、よく遊んだ!ただ昔ほどではなかった。やはり頭の中は若いが体がついていかないのがもどかしい。年1回程度は皆での旅行も良いよね!



全体として“笑顔”が素晴らしいのは、善と則。とくに「サッポロ・ビール園」での善の「マンエンの笑み」がトテモ良い。写真的には、この二人が、今回の旅を満喫していたように見られる。オレの笑顔はほとんどないけど、実際は「とても楽しい旅」だった(次回からは、もっと「笑顔」を意識して写ろっと!!)。

修) 写真を見ると結構大口を開いて笑っているよ。特にウイスキーの瓶の前では(^o^)

どうでもいいけど、皆、似たような「シャツ」を着ているナ。濃淡(濃薄)はあるけど。チェック柄が目立った。似たもの同士なんだネ。





今回、北海道を走ってみて(特に海岸線)どこでも車で寝られそうなのがわかったのは収穫だった。とにかく自然が雄大でいい。今度は道東、道北の海岸線を走ってみたい。
全体を通して、昼食場所を選定しておいたことは、時間のロスもなく、スムースに移動できたことは良かったと思う。

みんなの感想 6月10日






①フェリーは、二高の修学旅行(九州からの帰り)。大学1年夏、早稲田大・合唱団との新島「山村工作隊(援農)」〔新島は米軍試射場建設問題で島内が分裂していたので宥和してもらうことが目的〕。2年夏、正と雨宮らと同じく新島へ(正には……)。それ以来だったので楽しかった。フェリーは随分良くなっていた。夕食も含めて楽しい思い出が作れた。翌日の昼食は船中のレストラン、皆の評判はよろしくなかった。





乗船前のスーパーでみんなが飲み始めたのにはびっくりしたが、みんなが元気なのに安心した。
船内では良い会食スペースがあって楽しく飲めた。ウイスキーも旨かったし。
客室もすいていて快適な船旅ができた。

東京2時半発。

フェリー近くのスーパーで

もう飲んでる。

すいてて快適だった。

宴会開始。



みんなの感想 6月11日






②苫小牧から富良野へ。苫小牧港、国内有数の大型港。社会見学的には価値ある。先を急ぐ。途中、十勝市を横に見る。自衛隊駐屯地が集中。人口の過半数が関係者だ。恵庭市も横切る。高3の政経、大1の憲法講義で学んだ「恵庭事件」(一部憲法絡みの裁判)。この地域の自衛隊依存状況等々について、“次の機会があれば”とか思う。 富良野ホテル。スキー場なのでスタッフの対応は「こんなもの」。食事等は悪くはなかった。富良野ワイン(赤)も飲む。“部屋飲み”第一段。風呂はあまり記憶がないけど良かったと思う。3~4.





富良野に向かうときは方向感覚が狂ってお騒がせしました。北海道は広い。
●「新富良野ホテル」。スタートのホテルとしてはこざっぱりしていて良かったんじゃないかな。料理もまあまあだったし。

6月11日未明。

6月11日朝。

朝食。

船のレストランで昼食。

もうすぐ港。

日本一の石油備蓄。 だそうだ。

苫小牧に到着。

下船前のひととき。

富良野の町

北海道1泊目、ニュー富良野ホテル

まずは到着祝い

何を飲もうかな~

部屋で二次会

みんなの感想 6月12日






③富良野から留萌へ。
 ★「ファーム富田」のラベンダ―。時期尚早だった。ところで、、上田から鹿教湯への途中、「北街道」音楽村のラベンダー畑もそれなりに見応えがある。アヤカリのパクリでしょう。
 ★「ラーメン村」。若い中国人(?)が多かった。正だっけ、草履かなにか買いに走っていた。皆同じものを注文。どんなラーメン食べた?。
 則) 草履は私で~す!
 ★「アイヌ記念館」。民俗学的にも貴重な遺産(遺品)を見る(往時の生活ぶりに想いを馳せる)。箸とストラップを土産に買う。代わりに「大」を置いてきた(トイレは昭和風)。ありがとう。
 ★留萌「神居岩温泉」。ここは大変良かった。5段階で4。夕食は貸し切り部屋を提供してくれた。食事もよかった。温泉も浴槽が多々あった。部屋飲み第二ステージ。大いに盛り上がる。朝食は食堂でバイキング、食べ過ぎる。昼のジンギスカンを気にしていたのに。“全く賤しいんだから”。





●富良野のパッチワークは、よく見えるところからゆっくり鑑賞したかったのが心残り。
●「アイヌ記念館」は沖縄と同じく日本の中の「民族」問題の一つとしてどうしても寄りたかったところ。存続に尽力されている人たちにエールを送りたい。
●「神居岩」は自分のイメージとはちょっと違っていた。日帰り温泉の宿だからしょうがないか。

6月12日、朝の富良野。

6月12日朝食。

朝食。

9時出発。

ファーム富田へ。

わかっちゃいたけど、ラベンダーにはちと早かった。

ソフトがうまかった。

旭川ラーメン村で昼食。

一番すいてるところに入った。

アイヌ記念館に寄る。

笹で囲ったアイヌの家。

ちょうど開館100周年で壁画を描いていた。

神居岩温泉着

飯前、風呂上がりに一杯。

夕食宴会開始。

うまいなー コレ

部屋で二次会。

朝の早いのが効いたのか?

みんなの感想 6月13日






留萌から小樽へ(曇時々雨。少し寒い。ダウン・ジャケット着用)。
 ★「札幌ビール園」は《60分一本勝負》。朝食を食べ過ぎたので、ビールは「中ジョッキ」1杯だけ。ジンギスカン”は重く苦しかった。オレは笑顔の余裕はない。善は“満面の笑み”ではなかったけど、余裕の“微笑み”。
 ★札幌市内。テレビ塔等写真が少ない。正が気を使って「時計台」前で写真を撮ってくれた(その写真送ってチョウダイ!)。
 オレが「北大を見たい」と我儘を言ったので市内脱出に相当時間がかかった(雨天も関係していた?)。北大は知り合いもいるので、どうしても見たかった。済みません。“北大”も“ビール園”も市外と思っていたけど完璧に「市街地」のなかにあった。将に予想外だった。40年以上前に見た北大と周辺の写真とは風景・景色が全く異なっていた。あの農学部の牧場(牛がいた)も市街地でしょう。う~ん。北大出の若手研究者が“田舎”臭くない(悪く言えばガツガツな)のは、こうゆうことだったのか。九大の若手の方がもう少し“牧歌的”だ(知り合いも多い)、とか勝手に思った。
 ★小樽運河。これは必見の産業遺産。明治以降の小樽経済の痕跡(石炭の道外輸送、樺太・ロシアの交易等)を垣間見た(因みに留萌はニシン)。名産品「かまぼこ」を食す時間なし。
 ★温泉「湯の花手宮殿」。港湾外れにあり、まぁ広かったかな程度の記憶しかない。デジカメの必要性を感じる。
 ★ゲストハウス。洋館で歴史建築物。屋上テラスと食事は最高だった。眺望良し。夕食のイタリアンと朝食のキッシュ。文句なし。但し、階段等のバリアは高齢者には、きつかった。
 ☆横の「小樽商科大」。外観を窺う。多喜二記念碑があったのか。卒業生だったこと全く失念していた。その関係もあって1933年の学園闘争も先駆的だったのか等々作品『蟹工船』にも想いをめぐらした。





●留萌から札幌への海岸線をはじめ道路脇から斜面もイタドリの多いのには驚いた。
●札幌ビール園では思ったほどみんなビールを飲まなかったが、腹が張っていたのか。残念だったね。
●北大や時計台、テレビ塔などは市街地の中、ということはわかっていたので、通過見学のつもりだったけど、降りてみることになり、下調べなしの予定外の行程で混乱してしまった。やはり事前調査は重要だ。
●小樽のゲストハウスは予想通り。料理もワインもおいしかった。屋上からの小樽の眺めもよかった。

6月13日、朝食。

朝食。

8時半出発。

ちょっと一服。

札幌ビール園でジンギスカン食べ放題。

二敗目は黒ビール

アー食った食った

ご馳走様でした。

札幌テレビ塔

時計台前にて

小樽に着きました

小樽運河おきまりスポットで

チェックイン前にひとっ風呂

小樽ゲストハウス着

倉を改造した宿泊施設。たばこ三人組が宿泊。

小樽港を眺めながら乾杯。

夕食はイタリア料理

あらかた食べてから撮影

昼はイタリアンレストランの宿なのでおいしかったね~

アンティークな雰囲気の倉の一階で二次会

この夜は則が早寝

みんなの感想 6月14日






★「余市ニッカ館」(雨)。工場限定3種類を修と試飲“ウマかった”堪能した。ワイナリーは須坂・小布施・勝沼等。ウィスキー系統はサントリー“白州工場(小淵沢)”の2回目。サクラに工場限定のバーボン系を買う(“行ったんだ。イイナ。ありがとう”と喜んでいた)。積丹半島へ向かう。
  ★昼食・海鮮系。店名は?(当初予定していた食事処が休みのため近くに変更した)。善は「三色丼」だったのか?。イカにウニがついて、イカが純正に賞味できなったようで、何か悔んでいた。その気持ち分かる。オレは「海鮮丼」。細かく仕分けして食したわけではないけど、“まぁまぁ”だった。
 ★「神威岬」。眺望は絶景(眼が悪いので写真で再確認。大変良し)。則は脚が悪いと先行する。ペース速いヨ。目的地直前には、オレは心肺機能の限界(酸欠)のため“金魚のクチパク”状況だった(写真参照)。ユックリしていたら正が1人で先の燈台まで行ってしまった。雨もあって4人は車に戻る。ココから正の単独行動が始まる(皆、その異変を感じた。このままじゃ、折角の旅行は楽しくない。様子見て何とか対応しよう、とオレも皆も思った)。暫く正は4人に近寄ってこない。オレが話しかけても「ケンモホロロ」。“どうすんじゃい”と思う。
 ★寿都「湯別温泉」。寿都の地形的外観を含めて、何か記憶がほとんどない。
 ★「ペンション・メロー」。夫婦が一生懸命に対応してくれた。家族的で人柄もよかった。アスパラは十二分に食べた。“寿ガキ”は残念だった。 正が“単独”を続けていたので、部屋飲みも今いち。オーナーには関係ないけど、「何かあまりいい思い出」とはならなかった。





●ニッカ館で飲んだ年代物のウイスキーはほんとにまろやかで旨かった。飲み比べたので、その違いがよくわかった。酒はいいものを少しずつ・・だな。
●時間的にどうか?と思っていた積丹半島と神威岬も回れてよかった。海鮮らしきものもここで初めて食べた。
●湯別温泉は普通の日帰り温泉。ちょうど割引の日で250円で入れた。写真撮るの忘れた。
●ペンションは、まあこんなもんかな、というところ。でもロケーションはよかった。野菜も新鮮だったし。

朝の散歩に

朝の小樽の町と港

小林多喜二文学碑。

小樽は坂の町

朝食はキッシュとパン

9時前に出発

みんなで多喜二の前で

余市のニッカ工場

有料の試飲、おいしかったね~

いろいろ見学

お昼は積丹半島で

三色丼

いくらウニ丼

海鮮丼

神威岬に立ち寄る

岬の先までは行かなかった

寿都のペンションメローに到着

近くの温泉でひとっ風呂浴びてから、夕食前のひととき

夕食は取れたてのほっけの煮物残念ながらカキはなかった

ペンションのご夫婦

ちょっと二次会

みんなの感想 6月15日






★寿都の特産は、ブランド「寿ガキ」のほかムラサキウニ、天然アワビ、春ヤリイカ・夏マイカ、ホッケ〔宿で煮付を食す〕等となっている。イカも食いたかった。
 ★「五稜郭」タワー。明治維新期の“箱館戦争”。塔から眼下の五稜郭を見る(参照映像)。ナルホド。凾館山も確認。その夜景は日本と世界の“三大夜景”の一つ。見る機会は別にあるのだろうか? とか思う。塔内はジオラマとレプリカ(?)。
 ところで長野県の臼田小学校もミニチュア「五稜郭」跡にある。時の老中が臼田出身のため造ったという(10年前、野沢北・南、臼田高校への営業〔大学案内〕の帰り見学)。明治維新に関心ある人は時間があれば一見するのもよし(外堀は一部だけ残存、近くにお越しの際にどうぞ!)。
 ★昼食「かもめ」。正が持ち前の「聞き込み力」で本領発揮。ここに決定。一番メニューの海鮮全部盛を全員で注文。大満足、大正解だ。次の温泉情報も正の努力の成果。「一線」が少しづつ緩く外れてきたかな?
 ★港の市場って、「赤レンガ」のことだっけ? 鮭トバ・干しホタテ等ツマミを買う。因みに特産は「市の魚・イカ」、「献上・真昆布」、ブランド「戸井マグロ」等という。ナルホド。
 ★温泉「谷地頭(やちず?)」。正が運転で送迎。「いい湯」を聞き込みしてくれた。だが正は入らず。まだ「一線」が残っているの?
 ★フェリーで青森へ。船中部屋で飲み会(正はゲーム・マシンで単独・写真参照)。まだヨソヨソしいのか。この点、楽しくない。
 ★青森ホテル(ハイパーホテル・サパージュ・朝食のみ)。格安、朝食(バイキング)は値段の割には良かった(4)。「ビジネスマン」が多く、その「御用達」で人気があるのだろう(車組の利用者が多いのかな? 系列を調べてみよう)。オレは、単身で地方は大体、駅前の「ステーション・ホテル」だ。
 ★居酒屋(店名?)。5人全員で楽しく飲んで御就寝。あと二日。





●今回の旅で一番残念だったのは、寿都のカキが食べられなかったこと。朝に何気なく奥さんに聞いたら災害で養殖の棚につるしてあったカキがみんな落ちてしまった、とのこと。昨日の漁で獲れたのもほっけだけだった。二重に残念。
●五稜郭は二度目だけど、タワーの下がずいぶんと変わっていた。今回も上から観るだけで堀の中には入らなかった。
●港で食べたラーメンは"海”らしくておいしかった。

6月15日、朝。

畑視察。

朝食

9時前出発

函館、五稜郭

五稜郭

昼食は函館海鮮ラーメン

港の市場でお買い物

函館で今晩の分の温泉に

湯上がりの一杯

いよいよ北海道ともお別れ

フェリーで青森へ

夕飯弁当を買って乗船

乗船してさっそく一杯

正はスロットで勝負

下船まで一休み

今回活躍した正の車

夜の10時に青森のホテル着

ホテル横の屋台村で本日仕上げの一杯

かわいい青森姉ちゃんと

みんなの感想 6月16日






★青森駅前海鮮市場〔10年前に行った〕に未練を残して出発(オレ個人として)。先を急ぐ。
 因みに県の「七子八珍」、特産「堂々九品」。とくにホヤは捨てがたかった。さらに地元のお薦め「隠れ十品」もあるという。とまれ、急げ! 急げ! 三陸へ。陸前高田へ。
 ★昼食「さくら家」。ラーメンを食す。普通(家〔いえ〕系ラーメン?)。地域の人気店? 流行っていた。
 ★気仙沼(雨)。車窓から復旧状況を窺う。結構な雨のため車外に出ず。よく見えない。しかし大変な被害であったと当時を想い戦慄する。復興なんてほど遠い(写真)。また絶対に来る。ユックリ見て金も落そう。
 ★一関「桃の湯」。食事も湯も一番よかった「5」。部屋飲みも「5人勢揃い」。“こうでなくちゃ”意味がない。何とか無事に、旅は楽しく終わりそうだ。朝食は宿でバイキング。
 因みに一関市は、岩手県の最南端、宮城県と秋田県に隣接し、一部が「気仙沼都市圏」に入る。人口約12万人。特産は磐井牛、モクズガニ等である。とまれ気仙沼(三陸)には、もう一度来よう。




●朝食が売りのビジネスホテルだけあって、今回の旅の朝食バイキングでは一番良かった。
●三陸では、五年も経つのにまだ地面の造成段階という現状を見て、資材も機材も人材も復興に集中しない政府に改めて頭にきた。奇跡の一本松が寂しそうに立っていた。
●最後の宿「桃の湯」はイメージに近かった。大衆演劇は趣味ではないのだけれどつい観てしまった。ただ、従業員が小走りで動いていたのが、「ホテルの格を下げてしまうな」と気になった。
幹事としても最後の夜。ゆっくり温泉に浸かった。

6月16日、朝。朝食バイキングが売りのビジネスホテル

みんなの朝食を紹介

8時半出発

一路三陸へ

昼食。地元の人で賑わっていた。

未だに広大な造成現場。

その中に立つ奇跡の一本松

屋上まで津波をかぶった気仙中学校

最終宿泊地、一関、桃の湯

風呂上がりの一杯

この旅最後の夕食

部屋で二次会

このホテルの売りである大衆演劇の公演

最後の夜、終了

みんなの感想 6月17






★昼食の場所はどこだっけ? ラーメンを食す。二人ばかり「ラーメン・カレーライス」セットを食べていた。「う~ん、凄い」の一言。無難に(?)東京着。取り敢えず「良かった」。





最終日は高速を走るのみ。運転を交代しながら無事東京に到着。
車での移動が多かったせいか、そんなに疲れた感じはなかった。
楽しい旅行でした。お疲れ様でした。

6月17日朝。

朝風呂

9時出発

東北自動車道、一休み

以上、お疲れ様でした。飲んじゃ食っちゃでお腹も一回り膨らんだ?